スタッフの問題 第10回 ●

組織運営論


中小企業組合士 金澤智男

 さて、やっと本論である、中小企業団体の事務局としての行動について述べる段階になった。これからの記述内容は、これまでの経歴に述べた内容と重複する箇所があると思われるが、ご容赦願いたい。

イ)成文規範

 私の組織運営に当たって、最も注意したことは、総会・理事会等で決定された、事業活動の概要が、全ての構成員に、周知され、その目的・手段が知られている状況にあるようにしたことであった。
 そのため、決定された事項を成文規範として、文書化し、構成員に配付した。
 これを全日本ウレタン工事業協同組合(全ウレ協)の事例で示すことにする。
 全ウレ協が構成員に配付した「定款・規約・規程」の内に収録されている成文規範には次のものがある。

 1)定款

 2)規約

    委員会の設置、組織及び運営に関する規約
    支部規約
    共同購買規約
    官公需共同受注規約
    官公需共同受注配分基準
    慶弔規約

 3)規程

    加入規程
    職員人事規程・職員服務規程
    役職員旅費規程
    保証書発行規程
    経理規程
    表彰規程
    報奨規程
    「卓越した技能者」等推せん規程
    顧問職務規程
    共同受注運営規程
    受注あっせん規程
    技術提案規程
    職員退職金規程
    外国旅費規程
    賛助会員規程
    慶祝祝金贈呈規程
    施工機械等の共同利用規程

 規約と規程の意義については、次のように区分する。
規約:規約とは、組合の業務運営および事務執行に関して、組合員間を規律する自治規範をいい、その設定、変更および廃止には総会の普通議決を必要とする

規程:規程とは、組合の事務執行上に必要な関係を規律するものであって、直接組合員の権利義務に影響を及ぼすことのない事項に関する内規であって、その設定、変更および廃止は理事会で行う。

 この分類は忠実に守られたとは言いがたい。むしろ重要度に従って、区分されている。
 この成文規範集は内容の改定の際の利便を考慮して、加除式のファイルで配付した。
 当時防水工事業団体には、これほど網羅された、成文規範を作っていた団体はなかった。また、全ウレ協内部でも「成文規範をもらっても、役に立たない。」等に批判があったが、その後、この規範集は業界での「マニアル」として盛んに利用され、私の後継者は、大幅な整理、改訂を行って、現在も活用している。

  ロ)会計システム

 次に私が力を入れたのは、会計システムであった。全ウレ協時代は「協同組合会計基準」全防協時代は「公益法人会計基準」に則した複式簿記を実施したが、いずれも、パソコン表計算ソフトを利用した、セミ自動化プログラムを自作して、本部・支部連結会計を実施した。
 全ウレ協時代は現金出納簿・銀行勘定簿は帳簿、仕訳帳・総勘定元帳は伝票式とし、試算表はパソコンで行った。決算整理・税額計算・納税まで行った。
 全防協時代は現金出納帳・銀行勘定簿・総勘定元帳は帳簿、仕訳帳は伝票式としたが、試算表はパソコンで行った。現在勤務先の日本ウレタン断熱協会(ウレ断協)も全防協時代と同様である。(但し支部会計はない)
 協同組合会計基準では事業費は事業目的別勘定で処理される。公益法人会計基準では、事業費は、管理費と同様支出勘定別に集計される。ところが予算は事業目的別勘定毎に支出勘定別に策定し、それらを集計しなければ、個々の事業にどう事業費が配分されたかが不明である。
 そのため、私は試算表とはべつに、事業費明細表をパソコンで作成し、事業目的別・支出勘定別の月別マトリックス表を本部・9支部ごとに作成し、その合計をパソコン表計算ソフトの「串刺し計算」機能を使って実現した。
 理事会ではその最近月の月次試算表を提出して、会計状況を報告した。
 表計算ソフトとしては「ロ−タス123」を使用した。
 公益法人会計には「正味財産増減計算書」という複式簿記概念からは理解し難いものがあり、これには抵抗があった。幸い日左連の清水豊さん(当時専務理事)にご指導を頂くことが出来た。おくればせながら、お礼申し上げる。

ハ)役員会

 事務能力については、他に負けない自信をもっているが、対人関係はあまり自信がない。役員コントロ−ルは、うまくいかなかった。
 全ウレ協では、「風車のようだ」「早すぎる」と批判された。これに懲りて全防協では何事も自分の名前を出さず、役員の黒衣に徹した。そのため、自己主張が出来ず、不満が蓄積した。今はこれらの反省から「主張はするが、結論は急がない。」「否決されたり見送られたりした提案は、後日内容を変えて再提案する。」「一歩後退、二歩前進。」を心掛けている。
 役員には色々なタイプの方がいる。それらの方々の中には、事務局に自己顕示されることを嫌う方がいる。だから「微行者」を装うことが大切である。それでも時々失敗して「お前は俺たちを心では馬鹿にしていないか。」と疑いの目で見られたりする。(全ウレ協時代のこと) ただ事務局の方の中には、役員に対するサ−ビスは行き届いているが、構成員全体にたいするサ−ビスは手を抜いている方がおられる。全ウレ協の事務局の後継者は役員の評判がいいと聴いたので、その理由を伺ったら、「なに理事会にあとで一杯飲ましてくれる。お前の時代は割り勘でしか飲まさなかった。」との返事だった。
 役員に対する事務局の気配りが大事な点をあげれば、次の2点である。

 1)「副」の付く役員に気配りすること。

 副理事長・副会長は、正理事長・正会長に一歩を譲った人である。本人の気持ちには、自分が「正」としての見識・能力があると自負しているばあいがある。だから、「正」に対する不満を、絶えず持ち続けている。その不満を「正」でなく、「正」を補佐する事務局にぶつけて、カタルシスを解消する人がいる。従って事務局は事あるときには、「副」の御機嫌を伺って、不満が蓄積しないように心掛ける必要がある。

 2)成果を誇らないこと。

 事業・運営の成果を誇らないことが大切である。すべては、役員の御陰であり、自分は事務局として、役員のご指示に従って、動いただけであると遜っていたほうが、抵抗がない。

ニ)会員

 構成員(会員・組合員)にたいするサ−ビスは、丁寧に懇切にしなければならない。
 そして、役員の場合とは逆に、テクノクラ−トとしての知識・体験・抱負を遠慮なく充分発揮して、サ−ビスに努めなくてはならない。色々な質問や相談に答え、困った時の相談相手として、信頼を得なければならない。質問や相談に答えられない場合は「お役に立てないで申し訳ありません。」と詫びなければならない。私はこれを実行している。そして、論争してはならない。ある後継者は会員と電話で論争し、電話を切ってから「勝った」と独り言を云うのを聴いたことがあった。が会員と論争して勝ったところで何もならない。「負けるが勝ち。」だ。

ホ)調査・統計

 1)調査

 当該業界の実態を把握し、長期改善計画を作成する基礎資料として、利用するための、実態調査は、全防協時代に着手した。平成4年11月に同協会の関東・甲信特別区について実施し、翌年12月には全国を対象として実施し、それぞれ報告書を作成した。
 調査項目は次のとおりだった。
 会社概要(決算月・経営組織・資本金・建設業許可・許可業種)営業活動(完成工事高・防水工事完成工事高・その他の完成工事高)取引環境(受注形態・希望する受注単価・適性価格の獲得方法)経営管理(確定申告・月次試算表・実行予算書・工事台帳・損益計算書・経理帳簿・決算書)経営改善対策、雇用状況(常雇従業員数・資格者在職状況・福利厚生関係・技能労働力需給状況・休日制度)組織化・共同化、要望事項 解答率は平成4年度は52%平成5年度は54%であった。
 いずれの調査結果も、資料として監督行政省庁に配付するとともに、会員に説明会を通じて報告し、他職種との比較を行い、防水工事業の経営改善の必要性と改善の方向を示唆した。これらの調査結果の集計にはパソコンのデ−タベ−スソフト(忍者)を利用した。報告は調査委員長のI氏が行った。私は「忍者」役をした。
 このあと最初の計画では「防水工事業構造改善プログラム」を、このデ−タを利用して作成する予定だったが、平成6年4月私は全防協を退職したため、実現しなかった。残念である。
 後継者が「防水工事業経営近代化ビジョン」を作成した。
 全ウレ協時代では、組合の5ケ年中期計画を何度となく策定したことがあったが、全防協時代のような基本調査は出来なかった。
 現在の就職先では、まだ、経営実態調査に取り組む気運にない。廃棄物処理とか安全対策についての部分的な調査をしたが、内容は省略する。

 2)統計

 業界に関する官庁統計の蒐集を行い、これを資料として、配付したが、特に注力したものに、「需要推計」があった。
 防水工事需要推計・建築用断熱材需要推計は、産業連関表を作成する際に、調査作成する、投入・産出係数(I/O係数)を使用して、マクロ解析方法による需要推計方法で作成した。
 この方法は次のファクタ−を使用する。

   a)建築投資額(建設省)
   b)建築物構造別工事費予定額(建設省)の比率
   c)建築構造別平均生産費指数(建設物価調査会)
     (西暦年の下1桁が0、5の年に当たる年を基準年次とする指数) 計算方法は  (a(単位:億円)×b(単位:%)×c(単位:指数)×0.01)

  これをSRC造・RC造・S造・W造毎に計算し、その合計を以て、総需要とする。この需要推計はミクロの積み上げ方式よりも
   1)その年次の予測が早く出来る。
   2)あらゆる建築材料の需要推計が、統一した方法で計算出来る。
といった特徴がある。一方欠陥としては
   3)生産費指数の公表が遅く、基準年次を変更する時期が遅れる。
ことが挙げられる。

 この方法は建設材料の需要推計方法としては、最近亡くなったワシリ−・レオンチェフが開発した「産業連関分析」を利用したものである。私が学生時代に学んだ計量経済学が役立った。私以外ではカ−テンウオ−ル工業会の方で、この方法を使われている方があると聞いている。

 需要推計以外にも、種々の統計を利用したが、省略する。

ヘ)世代別奉仕

 団体の構成員(会員・組合員)の年令は巾が広い。20才代から70才代まで、戦中派から団塊の世代まである。これらの方々にたいする奉仕もそれぞれに合うものでなければならない。そのためには次の方法を行った。

 1)老人には栄誉を

 長年に渉って業界の発展に尽くされた方に対して、国・地方公共団体(都道府県)等の栄典が差し上げられるよう、推薦業務を積極的に行った。
 全ウレ協時代は都道府県が行う「優秀技能者」表彰に推薦した、その結果北海道2名、宮城1名、東京4名、愛知1名、大阪1名、計9名の受賞者を得た。この推薦は私の退職後も実施されており、全ウレ協の福利厚生事業の柱になっている。

 2)青年には研鑽の場を

 理事会のメンバ−が加令し、意欲が薄らえて来るに対して、団体活動に積極的に参加しようとする意思を示す、若手が輩出するようになると、この方々を吸収するために、全ウレ協時代に青年部「三青会」を設立した。この企ては成功し、全ウレ協に活力をもたらしている。

 3)老人には栄誉・壮年には権力・青年には研鑽の場

 壮年者は理事会という権力を与えているし、老人・青年には別の奉仕をした。だからこれを「世代別奉仕」と定義できると思う。これが私の組織運営の決定版である。この体制を作って、後継者が出来たので、私は全ウレ協を退職した。
 全防協ではここまで完成することは出来なかった。後任者が栄典ではもっと高い栄典の推薦に成功されている。
 次回は共同事業論を展開したい。

 
(次号へつづく)