スタッフの問題 第2回 ●

スタッフの史的分析(1)


中小企業組合士 金澤智男

a)参謀の研究

 昭和期におけるわが国最大のスタッフ集団は、軍隊における「参謀」であった。彼らは中国東北部において、十五年にわたる戦闘行為を指導し、中国本部に戦線を拡大し、一転して南太平洋の島嶼に進出し、東南アジア諸国に至る、膨大な地域を支配しようとした。
 その戦闘を指導し、わが国の全ての国力をこの遂行に使用し、国民の生命・財産を消尽した作戦の実行者である戦闘組織を指導したのは、「参謀」というスタッフ集団であった。
 この「参謀」に陸軍と海軍では、ラインとの関係で、差異があったようである。
 以下これについて、分析したい。


 イ)陸軍参謀本部

 陸軍参謀は、ラインである、連隊・師団の長に対して、戦闘行為を指導し、命令する権限を持っていた。これに抗命する、ラインの長には、自殺を強制した参謀(辻 政信)のような者がいた。

 1)独断専行と結果追認

    こうなったのは、中国東北部(満州)における関東軍の行動が起因になっている。
 1928年の張作霖爆殺事件、1931年の柳条湖事件等、満州事変とその後の十五年戦争のきっかけは、関東軍の一部の参謀による、「独断専行」謀略であった。
 日本本国の政府は、当初この行動を非難し、「即時停戦」「不拡大方針」を国の内外に宣明するなどの努力をしたが、次第に「結果追認」に姿勢を変えた。またこれらの「統帥権干犯」をした、責任者の責任を追求することなく、むしろ要路に引上げる人事政策を実施した。
 そのため「結果オーライ」ならなんでもやったほうが勝ちだ、という気運が、軍に充満し、日本は陸軍参謀本部に支配される「軍国主義国家」となり、1932年満州国建国宣言、1933年国際連盟からの日本脱退と続き、世界を相手に太平洋戦争を1936年に始めるに至ったのである。
 歴史に「もしも」は禁物であるが、このような「独断専行」と「結果追認」を抑制する機能と、制度と、なによりも「気概」のある当路者が軍と政府にいれば、日本の昭和史は違ったものとなったに違いない。
 そしてこのことを通じて軍のスタッフである参謀の暴走が、国を滅ぼした、昭和史の教訓を、業界団体のスタッフとしての自己の戒めとしている次第である。
 後日論じることになると思うが、現在のわが国の「金融危機」の原因と、その対策にもこの歴史が繰り返されている。日本人は「歴史好き」の多い割りには歴史に学ぶことが少ないようだ。

 2)情報と兵站の軽視

 こうして泥沼のような中国との長期戦に引きずりこまれた陸軍は、元々作戦第一主義の戦術参謀を重視し、情報と兵站を軽視した。
 例えば中国東北部の日本の潜在主権には、アメリカ以外のヨーロッパ諸国(彼らはアジアに植民地をすでに持っており、内心忸怩たるものがあったので、日本を「後れて来た仲間」と受け止めた。)は、「やむを得ないが認めてもよい。」という気配であったことに充分な認識を持たず、1932年の第一次上海事変を契機に中国本部に進出し、ヨーロッパ諸国をアメリカ(日本に中国東北部からの即時・無条件撤退を要求していた)の同調者にさせてしまった。
 また兵站を軽視して、軍の糧秣の調達を、占領地での調発(略奪)に頼った。
 中国は農業国であり、食料は豊かであったから、軍の必要とする食料を「調発」することは可能であった。しかし「略奪された側」の農民は日本軍を「鬼」と呼び、ゲリラになって、後の中国赤軍の支援者になった。
 また、東南アジアの島嶼や、熱帯のジャングルに駐屯した、陸軍には、「略奪」すべき農産食料がなく、飢えた。
 (太平洋戦争で、日本軍が漁業技術を利用し、水産・冷蔵・乾燥技術をこれらの占領地でどう利用したかの情報が見当たらない。もしも日本軍が兵站にもっと関心があれば、海産物を大量に捕獲して、兵士のエネルギー源として利用し、ガダルカナル島のような悲劇はもっと防げたと思う。どなたか戦争中の日本軍の水産資源の利用について、情報をお持ちの方は、お知らせ下さい。)

 ロ)海軍軍令部

 太平洋戦争史を読むと、「悪玉陸軍・善玉海軍」論が多い。しかしそれは間違いである。
 なぜなら海軍大臣も御前会議で開戦に同意しているからだ。
 日本の陸軍が、狭い日本主義に凝り固まっていても、海軍は七つの海を往来して、列強と交流し、見聞を広めた提督や、参謀が多数いた。従って、米・英・仏・蘭・豪の連合軍と戦って、緒戦はともかく、長期戦に勝利を得ることの困難なことや、ナチスドイツのヨーロッパでの覇権に陰りがあることや、スペインのフランコが恩義のあるヒットラーの参戦の要求を拒否し続けていることなど、充分承知していた。

 1)陸軍に引きずられた決断力不足

   その海軍が、陸軍に同調したのは何故だろうか。それは直接的には、アメリカの対日本石油輸出禁止による、海軍艦船用重油のストック減少であった。その対策として、オランダ領インドネシアの油田を占領する目的で、開戦に同意した。「じり貧か、戦争か。」の二者択一をせままれて、戦争をえらんだのであった。
 しかし間接的には、陸軍がアジア大陸で戦線を拡大しているのを横目で見て、引きずられるように戦争に傾いていった、海軍首脳の姿が見えている。

 2)ヨーロッパに対するアンビバレントな心理

 それと戦争史家があまり触れていない、日本人のヨーロッパに対する、アンビバレントな心理作用が働いていた。
 戦前ヨーロッパに洋行したり、留学した日本人を見ると、ヨーロッパの豊かな国家・社会・文化に憧憬すると同時にこれと裏腹に、嫉妬心を抱いたり、劣等感を持ったりした人物を知ることが出来る。 例えばイギリスに留学した吉田健一は、日本が東南アジアに進出すると、堀田善衛に「これで日本もイギリスのような豊かな国になれるね。」と喜んだ。これは一種の憧憬であった。また高村光太郎は、フランスの美術を学んだが、戦争が始まって、これに協力したのは、フランスに対する劣等感・嫉妬心によるものだった。斉藤茂吉は、ドイツ留学中、握手を拒否した、教授によって劣等感を抱き、ヨーロッパに敵意を抱いた。
 日本海軍の提督や、参謀の多くが、遠洋航海や、ロンドン・ワシントンでの軍縮会議出席や、第一次世界大戦の戦争視察や、留学でのヨーロッパ・アメリカとの交流を通じて、日本の戦前の洋行者や留学生と同様のアンビバレント(愛憎が表裏一体になった心理)な関係をもって「今に見てろ。必ず一矢酬いてやるぞ。」との思いで、出世し、その後太平洋戦争に飛び込んだものと考えている。
 戦後フランスに留学した遠藤周作も、フランス人にベトナム人と間違えられ、ヨーロッパのアジア人に対する人種差別を体験している。
 今心配なことは、発展途上国から、わが国に留学している、多くの人々に対する、私達の対応が、彼らに同様のアンビバレントな気持ちを抱かしてはいないか。ということだ。 逆に戦後アメリカの軍隊で、戦争の仕方を学んだ、自衛隊の幹部が、アメリカに対して同様のアンビバレントな気持ちを抱いて、トップになっていないか。も心配だ。

 3)暗号管理

 陸上での戦闘において、味方同志の通信・情報伝達は、有線電話や、伝令という人から人への伝達が可能である。
 しかし海上に展開した、艦船と司令部、艦船同志に対する通信は無線によらなければならない。無線通信は、敵も傍受が出来る。従って、海軍は陸軍よりも暗号管理が重要であった。
 この暗号管理に日本海軍は問題があった。
 1944年(昭和19年)アメリカ大統領選挙に共和党候補のデューイは、「アメリカは真珠湾攻撃以前から、日本の暗号を解読していたにも係わらず、ルーズベルトは、この情報を無視した。これは大統領の職務怠慢ではないか。」と選挙戦で攻撃しようと企画した。
 このことを事前に知った、陸軍参謀長マーシャルは、「暗号が解読出来る。」ということが、明るみにでれば、アメリカの情報システムが崩壊し、国家と人命の損失になりかねない。とデューイを説得して止めさせた。日本はアメリカが日本の暗号を解読していることを、終戦時まで知らなかった。
 日本の当時の暗号「パープル」は非常に優れた暗号であった。暗号技術は優れていたがその管理に問題があった。
 その一つに、暗号機のリプレース時の管理がある。同一の文章をリプレース済の場所には新しい暗号機で送り、リプレース前の場所には、以前の暗号機で送ることを4年間も続けた。そのため新暗号機をアメリカはすぐ翻訳解読が可能であった。
 その二は、なんでも暗号にしたため、解読するキーワードの発見がたやすい状態であった。
 アメリカは艦船の食事の献立などは「平文」(暗号でない文章)を使って、キーワードの翻訳を防止した。だから日本の艦船の無線係は「敵さん今夜はビフテキだとさ。」と羨んだこともあった。
 第三は暗号機や乱数表等暗号施設の管理である。アメリカは日本の艦船が沈没すると、サルベージを使って、暗号施設を引上げ、取得した。また小さい戦略的価値の乏しい島嶼の日本軍を暗号施設を取得する目的で攻撃、占拠し、即時撤退した例があった。このことについて、日本に来ていたドイツの派遣軍人は、アメリカ軍の意図を暗号取得であると警告したが、日本軍はその警告を軽視した。
 さて、現在アメリカでは、新しいインターネットに使用されるポストモダン暗号の政策をめぐる戦いが始まっている。暗号は軍事・外交・組織犯罪とその防止・テロとその防止・インターネット上でのビジネスに必要不可欠なものである。
 アメリカは自国の安全保障に係わる重大問題として、暗号技術を使った商品・ソフトの輸出に規制を掛けようとし、暗号の開発者達は、これに反対している。
 日本はこの技術開発に遅れ、将来日本の安全保障に係わる、ポストモダン暗号技術をアメリカ政府が監視し、輸出を認められた、アメリカが使用すると思われる暗号よりも低規格の暗号に依存せざるを得ない状態になる危険がある。

 ハ)陸軍参謀と海軍参謀

   陸軍参謀はスタッフでの自己の立場を越えて、ラインの長に命令を下した。現実の彼我の戦力や、作戦遂行の条件を把握している、ラインの長とは逆に、このような現実を知らないスタッフが戦争を指導した。これが陸軍参謀の失敗原因だった。
 海軍参謀はスタッフとしての権限を尊重し、提督が決断することを補佐する、情報提供者に止まった。そのため、陸軍のように第一線での、指揮系統の乱れはなかった。
 海軍は参謀は優れていたが、提督に人を得なかった。 陸軍は参謀が出過ぎた。

 あとで論じるが、業界団体の事務局にも、陸軍型と海軍型の事務局がある。私は始めは陸軍型を試み、次は黒衣(クロコ)に徹し、今は海軍型を試みている。

 
(次号へつづく)